学校の先生は先生の資格をとるために大学で勉強し、実習もします。何年もという時間と労力と費用をかけて資格を取得するわけです。塾の講師や家庭教師には資格がいりません。ある日塾に採用されれば、その日から塾講師です。学校の先生の方が指導力に優れていて当然のように思うのですが…。

ある大手塾では、塾講師が学校の先生を教えているそうです。友人が塾講師で、実際の指導にあたりました。彼の感想は、一言目に「いやー、大変!何もしていない。」でした。授業をする上での基本的な心構えや技術を教えたそうですが、知らないことが多すぎるというのです。「家に帰るのは何時くらいですか?家では何をしていますか?」という質問に「8時くらいです。子どもと遊んでいますねー。」という返事だったそうです。子どもと遊ぶのはいいのですが、「何をしていますか?」というのは、プライベートを知りたいということではなく、家で指導に関する本を読んだり、指導方法を工夫したりしているのかということを聞きたかったのです。全く念頭になかったのですね。

学校の先生も人間ですから、優秀な先生とそうでない先生がいるのでしょう。彼が指導した先生たちは「そうでない先生」だったのかもしれません。一方、プロの塾講師やプロの家庭教師は夜遅くまで講義を持つだけでなく、毎日問題を解いたり、指導方法の改善を図ったりしています。プロと呼ばれる方はほとんどそうだと思います。資格よりスキル。この場合、教師の資格に勝るスキルが存在したということになります。

 

ところで、教育心理学と言う学問では、教える側の先生の心理も研究します。

学校の先生が実際に指導に当たる時には、大学などで新たに学んだことよりも、自分が子どもの頃家庭や学校で受けた教育からの受ける影響の方が大きいという調査があります。

せっかく多くの研究者が、よりよい教育のために多大な時間と労力をかけて明らかにしてきた様々な事実が、個人的な経験に負けてしまうことがあるということです。

プロの先生として、これは残念ですね。

学ぶ、成長するということは、できなかったことをできるようにすることです。昔のままでは成長になりません。新たな知識や技術を自分のものとして、初めて成長といえるのでしょう。古い考え方にしがみついていないかな?新しい研究結果を受け入れているかな?自分の現状に疑問を持って、思い込みを見直すこと。指導者には大切なプロセスだと思います。

 

私は埼玉県新座市と東京都東久留米市の県境で塾を開いていますが、私も、指導者のはしくれとして、日々の自分磨きは怠らず、スキルアップするよう心がけています。まず、現状を省みて、「~かな?」と見直すこと。塾名が「かな学習室」なのも、それが理由です。